クロガネ・ジェネシス
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第一章 海上国家エルノク
第15話 鮮血の海に沈む者
「さ、行こうかシャロンちゃん」
「……うん」
セルガーナ、シェヴァに乗っていった零児とアマロリットの2人を見送り、火乃木は朗らかな笑みでシャロンに言った。
2人にできるのは全員無事で帰ってくることを祈ること。そして、その帰りを黙って待つことだ。
2人は零児とアールが激闘を繰り広げたリングの上から降り、そそくさと武大会会場を後にする。
会場の外に出て、2人はグリネイド家の屋敷へと向かう。
その最中、シャロンは思う。零児達が戦っているのに、自分達だけ安全なところで構えていてもいいものかと。そして、その気持ちを抱いているのは火乃木とて同じはず。火乃木はなぜ笑っていられるのだろう。シャロンにしてみれば歯がゆくて仕方が無いのに。
「ヒノキ……」
「ん? なに?」
火乃木の表情は普通の笑顔といった感じだ。それゆえに何を考えているのかイマイチわからない。
「火乃木は……いいの? このまま、アーネスカの屋敷で黙って待ってて……」
「いいもなにも、実際ボク達にできるのって待ってることだけじゃん」
「それは……そうかもしれないけど……」
「待つことも……勇気だよ。昔そんなことが書いてある本、読んだことがあるの……」
そういって火乃木はシャロンに背を向けた。
「だから、ボク達は待ってようよ。ボク達は、ボク達にできることを精一杯やればいいと思うから……。美味しい料理を作っていつ帰ってきてもいいようにしようよ」
火乃木の表情は見えなかったが、その表情が明るいものではないことを、シャロンは察していた。
「うおおおおお! たけぇ! はえぇ! こえぇ!」
「あ〜もう! うるさいわね! 少し黙ってなさいよ!」
その頃、零児とアマロリットはセルガーナ、シェヴァを駆り、空を舞っていた。シェヴァの流線的な翼は風を受けて揚力を生み、ハイスピードでの飛行を可能にしている。零児は飛行龍《スカイ・ドラゴン》の背に乗ること事態初めてだった。歓喜のためか、はたまたパニックに陥っているのか、それとも両方なのか判別の付かない声で興奮している。
現在彼らは低空飛行している。アルテノスの町並みがはっきり見て取れた。
「零児、シェヴァに合図をお願い! もうすぐガンネード2体の場所を通り過ぎるわ!」
「わかった!」
零児は当初の予定通り、竜操の笛を加える。2人の前にはグリネイド家の屋敷が迫っていた。その屋敷の前で、執事とメイドがそれぞれ赤茶色の体色を持つ飛行龍《スカイ・ドラゴン》と共にいた。
ガンネードとはその赤茶色のドラゴンのことを指す。性格はセルガーナよりもやや凶暴で、上級者向けの草食系竜《ドラゴン》だ。その2体のガンネードの前を通過する直前、零児は竜操の笛を吹いた。それはシェヴァに対する指示だった。
『グォォォオオオン!!』
その直後、シェヴァが大きな声で吼《ほ》える。すると、2体のガンネードはその声に反応し、シェヴァを追いかけ始めた。
「どうやら成功みたいだな!」
「ええ! 後はまっすぐにリベアルタワーを目指すのみよ!」
竜《ドラゴン》と一口にいっても様々な種類がある。
飛行龍《スカイ・ドラゴン》、海龍《シー・ドラゴン》、渓谷竜《バレー・ドラゴン》といった風に、様々な分類がある。しかし、彼らの中には共通点がある。それは、同じ分類の竜《ドラゴン》にはランクがあり、下位の竜《ドラゴン》は上位の竜《ドラゴン》に従うという傾向があるということだ。
全ての竜《ドラゴン》がそうというわけではないが、少なくとも飛行龍《スカイ・ドラゴン》にはランクが存在する。そして、セルガーナは間違いなく飛行龍《スカイ・ドラゴン》の中で最上位に位置する存在であるために、下位の竜《ドラゴン》であるガンネードはセルガーナの呼びかけに応えたのだ。
『自分と共に行動せよ』と言う呼びかけに。
零児とアマロリットはシェヴァを通じて2体の竜《ドラゴン》を従えたのだ。
「さあ、一気に行くわよ!」
シェヴァが加速する。高度を上げる。地面が遠のき、アルテノスのはるか上空を舞う。人間の姿が目視できないほどの高度に達したとき、青い空とどこまでも続く海が目に入った。
「……」
「どうしたの零児?」
零児は壮大な海と空に圧倒されていた。無限に続くのではないかと思えてしまうくらい広い大空と地平線。そんなことを考えている場合ではないことくらいわかっている。しかし、それでもその光景に零児は圧倒されざるを得ない。
「いや……なんでもない……」
仲間達を助けにいかなければならないこの状況で、そんなことを言えば不謹慎と受け取られかねない。そう考えて零児は言葉を濁《にご》した。
「そう? まあ、大方この空と海に圧倒されて、感動したって所かもしれないけどね」
「な、なんでわかったんだ!?」
アマロリットの言っていることは当たっている。なぜそんなことがわかるのかと、零児は一瞬思案する。
「わかるわよ。私もそうだったもの」
「そうなのか?」
「ええ」
アマロリットはどこか懐かしむかのような笑顔で続ける。
「竜騎士《ドラゴン・ナイト》に限らず、竜《ドラゴン》に乗って空を飛ぶことを1度でも経験すれば、誰だってそんな気分になるわ」
『グォォォオオン!!』
シェヴァがアマロリットに応えるように声を上げた。
「この子もそう思ってるみたいよ」
「へ〜そういうものなんだな……」
「だけど、いつまでもそんな気分に浸っている場合ではないわよ。ほら、リベアルタワーが見えてきたわ!」
「!」
零児とアマロリットは目的地であるリベアルタワーへと目を向けた。アマロリットの操舵により、シェヴァの高度がさらに上がっていく。
シェヴァの背中から2人の目に映ったのは、リベアルタワーの屋上だった。そこには、零児が見慣れた仲間達の姿と、見知らぬ人間の姿が数名。
アマロリットは懐から双眼鏡を取り出して覗き見る。
「あ、あいつは……!」
「どうした!?」
「アルト姉さんとギンをさらった女がいるわ!」
そういって零児に双眼鏡を渡す。零児は即座に双眼鏡を覗く。
「どいつが俺達の敵だ!?」
「オレンジの服着た、ミニスカートの女よ!」
その情報から、零児は自らの敵の姿を認識した。アマロリットからそいつがどういう存在なのか話は聞いている。ギンに腹部を殴られ、骨が折れても立ち上がったと聞けば手加減の必要はない。
「アマロさん! 俺が先行する! あの女に攻撃を仕掛けるから、ガンネードを使ってアーネスカ達の回収を!」
「どうするつもりなの!?」
「ここから跳び蹴りを放つのさ!」
「そんな危険だわ!」
「危険は承知の上! だが、誰かが囮《おとり》にならなければ、のんびりアーネスカ達の回収はできないだろ!」
お互いに目配せする。アマロリットは零児の思いが本気か否かをその瞳を見て確かめようと思った。その結果確信した。この男を今止めることに意味はないと。零児は本気だ。仲間達を助けるために、大きなリスクを背負おうとしている。そして、それが成功すると信じている。ならば……。
「止めても無駄みたいね……。可能な限り近づいて不意をつくわ! 落ちるんじゃないわよ!」
「わかってる! シェヴァ! さらに高度を上げろ! 滑空して、一気に屋上に近づくんだ!」
『グオオオオオオン!!』
シェヴァが零児に応える。それが了解の合図と解釈し、零児は態勢を整える。
風が零児の頬を撫《な》でる。シェヴァはリベアルタワーの屋上より上にさらに高度を上げていく。そして、滑空。一気にリベアルタワーの屋上が近づいていく。
屋上にギリギリまで近づいたその時、零児はそこから跳躍した。
「おい! ありゃなんだ!?」
リベアルタワーで、上空より飛来する巨大な物体を、ギンが指さす。それはレジーの背後だった。
「そんな古典的な……!?」
それがはったりではないと気づくのにレジーはやや遅れた。全員がギンが指差した方向に目を向けていたからだ。
巨大な物体の飛来。それが竜《ドラゴン》であると全員が理解できたとき、そこから飛び降りた者が1人。それはまっすぐにレジーに向かっていった。
次の瞬間、レジーの腹部に、竜《ドラゴン》から飛び降りた男の蹴りが突き刺さった。
「うぁあああああああああああ!!」
レジーはその不意をついた攻撃に対処することができず、成すすべなく蹴り飛ばされた。その背中は手すりに直撃し、何かが折れるような音が響いた。恐らく折れたのは背骨だろう。
「よお! みんな無事か?」
レジーへの跳び蹴りを敢行した零児は地面に着地して、気楽な様子でそんなことを言った。
「れ、零児……?」
あまりにも突然すぎる零児の登場にアーネスカは目を丸くした。零児の背後より、さらに2体のガンネードが屋上に降り立つ。
「話は後だ! 全員早くガンネードに! 脱出だ!」
零児の指示に従い、アーネスカ達6人が、3人に分かれて赤茶色の飛行竜《スカイ・ドラゴン》に乗る。
バゼル、ギン、ネルの3人と、アーネスカ、アルトネール、ユウの3人に分かれる。
その最中、零児は自らが蹴り飛ばした亜人の女、レジーと対峙していた。レジーの体内から、ゴキっという音が断続的に聞こえてくる。さらに驚くべきことに、折れた背骨を中心に上体が垂れ下がっていた。そんな状態のまま、彼女は地に足を着けて立ち上がったのだ。
零児の額をいやな汗が伝う
――マジでバケモンじゃねぇか……。
「あんた……やってくれるわね……」
やがてレジーは普通の人間同様に立ち上がり、そんなことを言った。
「あんた何者?」
零児は余裕とも焦りともつかない微妙な笑みを浮かべて言った。
「こっちが聞きたいな……。お前こそ何もんだよ?」
「質問に質問で返すなんて……失礼な男ね……。まあいいけど……」
レジーは眼前の男から視線を外し、ガンネードに乗ろうとしているアーネスカ達に目を向けた。直後、レジーの右腕が不気味な光を放つ。
零児はそれをアーネスカ達への攻撃と解釈した。レジーの右手の光が雷《いかずち》の類《たぐい》と判断し、無限投影を発動、右手から表面をゴムでコーティングした鉄パイプを生み出す。ゴムは電気を通さないからだ。
そしてすぐさまレジーに接近し、鉄パイプで殴りかかる。体重を乗せたその一撃を、レジーは左手で止めた。殴りかかった零児の右腕にも衝撃が走る。まるで壁か何かを殴ったような感じがする。
「邪魔しないで!」
「無理言うなよ。お前の邪魔をすることが俺の仕事なんだからな」
「殺すわよ?」
「試すか? お前に俺を殺《や》れるかどうか」
「後悔するんじゃないわよ……!!」
レジーは受け止めた鉄パイプを握り、それを振り上げる。零児はそれと同時に鉄パイプを手から放す。次の瞬間、猛烈な勢いで、鉄パイプが投げ飛ばされ、零児はそれを間一髪で交わす。
投げ飛ばされた鉄パイプは、零児の後ろの手すりに激突し、その形を歪ませた。零児はすかさず短剣、ソード・ブレイカーを抜き放ち、構える。
――こいつに牽制は無意味!
零児はそう判断した。殺さないように、しかし確実に戦闘不能にすることを考えて、ソード・ブレイカーで切りかかる。
しかし、次の瞬間、レジーは驚くべき行動を取った。
零児の考えでは、胸の上の辺りを切り裂き、必要最小限のダメージさえ与えることができればと考えていた。
レジーはそんな零児の意に反し、自らの右手をソード・ブレイカーの刃の前に差し出したのだ。ソード・ブレイカーの刃が、レジーの右手首を深々と切り裂く。
「!?」
「フフッ……」
レジーは含み笑いを漏らし、空いている左腕で零児の頬を殴りつける。
――そういうことか!!
レジーは自らの右腕と引き替えに零児への攻撃を敢行したのだ。まさに肉を切らせて骨を断つだ。
『グオオオオオオオウ!!』
レジーの拳が放たれた瞬間、セルガーナ、シェヴァの咆哮が響きわたった。その声を耳にし、一瞬だけレジーの動きが止まった。それは零児も同様だ。その瞬間シェヴァの口内より、火球が発生する。それがレジー目掛けて放たれた。
火球は凄まじい勢いで、飛んでいき、レジーの腹部に直撃した。
「ギャッ!!」
レジーが叫ぶ。人間ならば内蔵をぶち撒けるだけの爆音が響く。それによってレジーの体が大きく吹っ飛び、再び手すりに背中から叩きつけられる。
しかし、レジー本人の肉体に特にダメージがあるようには見えない。
「シェヴァ! 零児を回収するわよ!」
『グオオオオオン!!』
シェヴァがまっすぐに屋上に向かう。しかし、シェヴァはアマロリットの命令を無視して、レジーへと向かった。
「ちょ、ちょっとシェヴァ!?」
「!? まさか……!」
零児は嫌な予感がした。否、それは予感ではなく、確信に近いものだった。
「痛いわねぇ……!」
レジーはシェヴァの火球を食らってなお、立ち上がる。その直後、彼女の眼前に白き巨竜が姿を現す。
「!!」
レジーは驚く暇もなかった。シェヴァは自らの足を大きく開いていた。3本の爪がレジーの頭上から閉じる。次の瞬間。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
レジーの絶叫がこだました。
シェヴァの3本の爪。1本は腹部に、2本は背部に突き刺さったのだ。シェヴァの爪が突き刺さった所から、大量の血が噴水のように溢れだし、屋上の一角に血溜まりを作る。それはレジーの即死を意味していた。
「……!!」
零児もアマロリットも呆然として何も言えないでいる。シェヴァは自らの爪の餌食になったレジーを掴んだまま飛行し、上空で旋回。亡骸《なきがら》となったレジーを屋上に落とし、零児を回収するべく屋上へと自らも足を着けた。
シェヴァは体勢を低くして、自らの背に乗るよう促す。
「……ありがとう。シェヴァ」
レジーの死。それは零児が望まない形での勝利だった。
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